
湊川隧道(みなとがわずいどう)は、兵庫県神戸市にある河川トンネルである。会下山を貫通しているため会下山トンネル(えげやまトンネル)とも呼ばれる[3]。たびたび水害の原因となっていた湊川の流路変更に伴い建造された。1901年竣工[4][5]。
1995年の兵庫県南部地震により大きな損傷を受け、これを機に新たな流路・トンネルが建設されることとなった[6]。2000年に新湊川トンネルが竣工・通水し、湊川隧道は100年にわたるその役目を終えた。
2011年に土木学会選奨土木遺産に認定され[7]、2019年には国登録有形文化財に登録された[2][8]。
新湊川トンネルの吐口。旧トンネルの扁額を用いている
背景
明治の半ば頃までの湊川は、石井川と天王谷川との合流点から南東方向へ、現在の湊川公園を経て新開地を通り、市街地の中心部を貫いて流れていた[9]。
湊川は普段は穏やかな流れの川であったが、大雨が降ると短時間で水位が上昇し、何度も大きな水害が発生した。さらに、上流から押し流された土砂によって天井川となっており、堤防は6mもの高さであった。これによって神戸と兵庫の町が分断されていたことも交通や流通、経済面における障害となっていた[9]。
改修の議論はあったものの、費用面の問題で先延ばしになっていた。1896年(明治29年)8月、台風による大雨で湊川の堤防が100mにわたり決壊し、福原町、仲町を中心として死者38名、負傷者57名を出す惨事となった。この大災害がきっかけとなり、「災害対策が神戸市目下の急務」と報じられ、世論の盛り上がりととともに改修工事の具体化が急速に進んだ[9]。wikipediaによる。
2025年4月19日現地へ行った。湊川隧道は現在兵庫県神戸土木事務所が管理している。第一土曜日、第三土曜日が開放されている。第一土曜日は主にコンサートが開催されており、第三土曜日は見学が主である。いづれも13:00から15:00までである。
湊川隧道公式HP
1995年の兵庫県南部地震により大きな損傷を受け、これを機に新たな流路・トンネルが建設されることとなった[6]。2000年に新湊川トンネルが竣工・通水し、湊川隧道は100年にわたるその役目を終えた。
2011年に土木学会選奨土木遺産に認定され[7]、2019年には国登録有形文化財に登録された[2][8]。
新湊川トンネルの吐口。旧トンネルの扁額を用いている
背景
明治の半ば頃までの湊川は、石井川と天王谷川との合流点から南東方向へ、現在の湊川公園を経て新開地を通り、市街地の中心部を貫いて流れていた[9]。
湊川は普段は穏やかな流れの川であったが、大雨が降ると短時間で水位が上昇し、何度も大きな水害が発生した。さらに、上流から押し流された土砂によって天井川となっており、堤防は6mもの高さであった。これによって神戸と兵庫の町が分断されていたことも交通や流通、経済面における障害となっていた[9]。
改修の議論はあったものの、費用面の問題で先延ばしになっていた。1896年(明治29年)8月、台風による大雨で湊川の堤防が100mにわたり決壊し、福原町、仲町を中心として死者38名、負傷者57名を出す惨事となった。この大災害がきっかけとなり、「災害対策が神戸市目下の急務」と報じられ、世論の盛り上がりととともに改修工事の具体化が急速に進んだ[9]。wikipediaによる。
2025年4月19日現地へ行った。湊川隧道は現在兵庫県神戸土木事務所が管理している。第一土曜日、第三土曜日が開放されている。第一土曜日は主にコンサートが開催されており、第三土曜日は見学が主である。いづれも13:00から15:00までである。
湊川隧道公式HP

