更新:2015年11月17日


彌彦神社


彌 彦神社(いやひこじんじゃ)、常用漢字体:弥彦神社)は、新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦にある神社。式内社(名神大社)、越後国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。 正式には「いやひこ」だが、地名などが全て「やひこ」と読む関係で、一般には「やひこ」とも呼ばれる。
 越後平野西部の弥彦山(標高634m)山麓に鎮座し、弥彦山を神体山として祀る神社である。 『万葉集』にも歌われる古社であり、祭神の天香山命は越後国開拓の祖神として信仰されたほか、神武東征にも功績のあった神として武人からも崇敬された。宝物館には日本有数の大太刀(長大な日本刀)である「志田大太刀(しだのおおたち、重要文化財)」や、源義家や源義経、上杉謙信などに所縁と伝えられる武具などが社宝として展示されている。 宮中同様に鎮魂祭を行うとして、石上神宮・物部神社と共に有名である。なお、当社の鎮魂祭は宮中で行われる11月22日でなく、4月1日と11月1日の年2回行われる。二年参りや初詣、秋の菊まつりは特に賑わう。
 由緒:(彌彦神社のパンフレットより)
 彌彦神社は、越後開拓の神と仰ぎこの地に奉祀したのがはじまりで、その年代は詳らかではありませんが、万葉集から推定して今から1,300年以前であることが明らかです。
社記によれば和同4年(711)の詔により神域を拡げ、社殿を造営したとあり、この時すでに神社が創建されています。国史所見は、「続日本後祀」の天長10年(823)の条で、霊験あらたかなるにより名神祭に預かり、「延喜式」の名神大社に列せられ、のちに越後一の宮と称せられました。
 彌彦神社は古来朝廷のご崇敬篤く、皇室をはじめ源頼朝・上杉謙信等の戦国の武将・徳川の将軍等のの崇敬すこぶる篤かったが、それにもまして顕著なのはこの地方の民衆の崇敬であります。
 古くより「おやひこさま」の名で親しまれ、多くの講が組織され各地に参拝講や大々神楽講が結成されて盛んにお弥彦参りが行われました。かってお弥彦参りをすませていない者は一人前と認められなかった地方もあるほどです。



  2015年11月15日撮影 
   
 彌彦神社入り口の一の鳥居 菊花展 
   
 御社殿 彌彦神社境内案内図